W杯2026が開幕
サッカー総力戦の祭典
2026年6月、FIFAワールドカップ北中米大会が始まりました。参加国は世界各地の予選を勝ち抜いた48か国。日本も本大会の出場国の一つです。本大会が近づくにつれ、テレビ等で取り上げられる機会が増え、皆さんもそれを目にする機会が増えたと思います。

日本サッカーの成長
今大会は森保監督以下代表に選ばれた選手たちから、「優勝」という言葉が出ています。これまで出場するのがやっと、出場できても予選リーグを突破するのがやっと、突破しても決勝トーナメントで敢え無く敗退してきた日本が、何故今回の大会では「優勝」を口にするまでになっているのでしょうか?「誰それが良い選手で本場でも活躍している...」。確かにそういう面もありますが、実際は選手一人ひとりのレベルが上がってきて居り、現在、海外でプレイする日本人サッカー選手は50人を超えると言われています。その中にはトップレベルで堂々と戦えている選手も居り、そうした選手達が中心となってチームを引っ張る状況になっているわけです。
では、どうしてそう言う状況が生まれたのでしょうか?1992年以降、Jリーグというプロサッカーリーグを立ち上げ、海外の一流選手が日本のピッチでプレイすることが当たり前になりました。そして何より、下部組織によって若手選手の育成に努めるようになりました。専門の指導者が増え、小さい頃からサッカーの基本的なスキルに加えてチームプレイの大切さ、サッカー選手としての心構えを学びます。今では全国各地にそうした指導体制が敷かれ、将来有望なサッカー選手を多く育成できるようになりました。そうした選手の育成に情熱を注ぐ多くのコーチの人たちが、毎日、選手の育成に取り組んでいます。そこで成長した彼ら彼女らが海外に出て経験を積み、「個」としての能力や責任感を高めてきた結果でしょう。これはサッカーに限った話ではありません。バスケットボールやバレーボールについても、同じような発展過程を辿り、世界で戦える力を身に付けつつあります。
競技の背後にある「魂」
サッカーワールドカップは、世界各国のチーム同士の技とチームプレイを競い合う場であることは言うまでもありませんが、背後には、そうしたスポーツ競技を超えた様々な思いが存在しています。特に有名なのが2006年のドイツ大会で活躍したコートジボワール代表、取り分けその中心選手だったディディエ・ドログバ選手。

当時、母国コートジボワールは内戦状態にありました。その内戦を止めるよう呼びかけ、母国のチームが勝つことで、国内を一つにすることが出来た話として世界でも有名になりました。選手一人ひとりが国民の期待を背負い、自ら母国の安泰を願いながらプレイしていたことは、想像に難しくありません。
もう一人は、サラエボ出身のイビチャ・オシムさん。監督として世界でも一目置かれた人で、日本のサッカーにも大きな影響を与えた人です。オシムさんがユーゴスラビア代表を監督として率いていた1990年当時、母国は内戦状態になりつつあり、分断が進むセルビア、クロアチア、ボスニア、モンテネグロなどから集まっていた選手たちを、政治的な横やりに耐えながらワールドカップを戦いました。オシム監督以下、当時のユーゴスラビアの選手たちも、「祖国が一つにまとまってくれたら、その為にもなんとか勝ちたい」、そんな思いでプレイしていた筈です。そして今大会も、世界中の視線が注がれているイランから代表チームがワールドカップに参戦します。
日本サッカーの総力戦
勿論、ワールドカップに出てくる国が全て、悲惨な国内問題を抱えているわけではありませんが、出場チームすべてがそれぞれのストーリーを背景に戦うことは、間違いありません。そう考えるとこれから始まる戦いは、サッカーと言う競技上の優劣を決めるだけなく、闘う為の「魂」をも含めた総力戦だと言えます。
その世界の戦いに日本代表チームが臨みます。日本は、1992年のJリーグ発足以来、急速に力を付けてきました。1994年に行われたアメリカ大会では、最終予選のもう一歩のところで出場を逃した(ドーハの悲劇)ものの、その4年後のフランス大会以降常に出場を果たし、現在では1次リーグを突破して決勝トーナメントに残ることが半場、至上命題のようになりつつあります。何故、急速に力を付けることが出来たのか?それは全国に広がるJクラブ下部組織を中核とする育成システムが機能していること、その中で選手やスタッフが常に海外のトップレベルを意識して向上心を持って取り組んでいること、月並みですが日本のサッカーに取り組む姿勢、「勤勉性」こそがその基本的な要因ではないでしょうか。
それだけではありません。今回、日本を代表して戦う森保ジャパンには、一つの際立った特徴があります。それは強烈な「ファミリー」としての意識。様々な試行錯誤の末、練り上げた一つのチーム。最終的なメンバー発表の際に森保監督が流していた涙、選考過程で外さざるを得なかった選手への想い、そういうものが強く伝わってきました。勿論、それは逆の面もあります。「なんで、あの選手を呼ばないの?」「なんで、あの選手は呼ばれたの?」等など。ファンの目線からしたら不可解に思える点もあります。外からは判らない、森保ジャパンの「ファミリー」としての選択なのでしょう。これまで一緒に戦ってきて、怪我で本戦出場が叶わない選手をチームに帯同させる判断をしています。前回大会の主要メンバーで、今大会の予選では殆どプレイしていなくても、チームに帯同した選手もいます。そして名波浩、中村俊輔、長谷部誠といった歴代の中心選手(既に引退)をコーチとして招聘しています。調整メンバーとして次の世代を担うことが期待される若手も含め、まさに「森保一家」、日本サッカーを代表する一大ファミリーの総力体制が築かれているようです。
ワールドカップに出場するようになると、「日本の代表」という立ち位置を否応なしに意識せざるを得なくなります。そこで戦う選手や監督、コーチたち。それを日本のサッカーに関わる多くのファンが、後押しします。日本には紛争や内戦のよう深刻な政治対立こそありませんが、試合前のセレモニーからスタジアム全体が大合唱に奮える様子は、もはや普通に見られる光景です。そうした日本サッカーのスキルと魂の総力戦、「ファミリーの戦い」がいよいよ始まります。そうした日本サッカーの戦いを見守り、応援したいと思います。

参考:
NHKドキュメンタリー
映画「One Creature」
Reddit Site etc

